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創作と仕事

今でこそ年1くらいで250Pくらいの単行本を出しているが、中高生の頃はいつか作品を書くんだと夢見るばかりで、それが実行に移されたことはなかった。

多少なりともできるようになったのは大学生になってポケモン二次創作をやり始めから。
この時は短編を中心に書いた。

100ページ以上のものが書けるようになったのは社会人になってからだ。

じゃあ学生の時と、社会人の時の差はなんだ?
もちろん「物書きとしての経験値」もあるんだけど、能力が上がった原因は「仕事」じゃないかって思ってる。

どういう事かというと…

「仕事」というのは時間制限付の判断が求められるからだ。
その判断を毎日のように繰り返すんだ。
「優先順位の決定」「取捨選択」「要素の組立」「適度な手抜き」「納期」との戦いの連続なのだ。
実はその過程というのは物語のあれは絶対やりたい、これはにおわす程度でっていう取捨選択と非常によく似ているのではないかと思うのである。

たとえば物語においてAというイベントを発生させるとする。

だが中学生の私は不安になる。
「これをやっちゃうとネタがつきちゃう……」
「自由度がなくなる……」
「完璧にできるのか……」

だが、社会人の私はこう考える。
「ネタは尽きたら、補充すればいい」
「Aというイベントで方向性が定まる(ほかの選択肢に惑わされない)」
「100点を取る必要はない。最低60点とれればいい。いざとなったら修正するさ」

「仕事」というのはとにかく進める事が求められる。
その結果として、怒られようが、ダメ出しされようが、たたき台を作ってナンボだ。
作って反応をみないことには進まないのが仕事だ。
怒られて、ダメ出しされて、ようやく型が出来上がっていく。
仕事における決断とは小説における決断に非常によく似ていると私は思っている。

コンスタントに作品発表できる人はきっと仕事のできる人。
私はわりとそう思ってる。



あ、ちなみに私は仕事できないっす。
もっと仕事できるようになって半年に1冊くらい出したいねえ…。
  1. 2015/01/13(火) 04:34:32|
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