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短編とは何か

フミんさん いわく、
ポケモン二次創作の初作品の特徴として

・ポケモンリーグで優勝する話を書こうとするも打ち切り
・ポケダンの話を壮大に書こうとするも打ち切り

というのがある。
実は私も大昔にこのパターンにはまっていて、結局それはマンガのネームを一話だけ書いて先に進む事はなかった。

作品ができない。「完結」しない。
とはあちこちで聞く話だ。



とりあえず私はそんな嘆きに対する対策の一つとして、
何度も「短編」を書きなさい、と申し上げている。

ポケモン小説のストーリーってものは「大冒険をして悪の組織を倒して最後にチャンピオンになること」だと思ってる人が多いのだが、私は何度でもそれは違うと言いたい。

初めてのポケモンを貰う。
初めてポケモンを捕まえる。
親に許してもらって旅を始める。
そんな事こそが、「小さな変化」こそがストーリーなんだよ、と言うようにしている。

みなさん、目指す物語の単位がでかすぎやしませんか。

という事を繰り返し申し上げてきたつもりだ。



ところで私、
「完成されないまま放置された作品の恨み」っていうのをいつか作品のネタとして使いたいなって思ってる。

こいつはいつまで経っても完成作品を作れないダメな作者を責めたてるやっかいな敵なんだわ。

こいつを倒すにはどうすればいいか。
たぶん何通りかあると思うんだけど、答えの一つとして、
「短くてすっげーありふれた作品いいから完成作品をぶつける事」というのがある。

でも、それってこの程度しか作り出せない、こじんまりとした一個人でしかない自分を認めるってことだから、「小さい変化」ながら結構な勇気がいる事なんだろうな、と。

壮大で漠然とした作品を夢見る子供をやめて、つまらない大人だと自覚する事。
自分には長い話など書けないと悟った時、幻想は砕け、私は特別ではなくなるのだ。

私はつまらない大人。
並の事しか書けない。

短編を書くってたぶんそういう事。

だがその並の事であっても、完成させれば意外と反応はあるものだ。
なぜなら並で、ありふれているからこそ人は共感するからだ。

私はそういう「共感」っていうのが作品として大事なことじゃないかなって思うんだけど、たぶん創作を挫折して挫折して、やっとなんか小さいものを作れて、一巡した人じゃないと、あんまり共感してもらえないんだろうな。



しかしそれでも私は言おうと思うのだ。

チャンピオン? ならなくていいです。
悪の組織? 倒さなくていいです。
世界? 救わなくていいです。

それより、あなたの初めてのポケモンのこと、初めてバトルに勝った時の事、旅しててちょっと嬉しかった事なんかを教えてくれませんかね。
  1. 2015/05/22(金) 23:55:45|
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